1.挨拶(あいさつ)に想う
   2.勝つために何が必要か
   3.言葉のキャッチボール
   4.いろいろなチームワーク
   5.強くなるために嫌われ者になる勇気を・・・
   6.声を出す勇気
   7.長所をのばす
   8.バッティングに大切なこと
   9.練習の意識づけをどうするか
  10.監督はアドバイザー
  11.自分で考えないとうまくならない
  12.なぜ厳しい練習に耐えなければならないのか
  13.卒団する子どもたちに想う
  14.可能性を追求する
  15.謙虚さを大切に
  16.「先生」に想う
  17.貪欲な選手に
  18.捕手に大切なもの
  19.誰でも悩み迷う−悔いのない野球を−
  20.バッティングに大切なことA

 1.挨拶(あいさつ)に想う

 子供に「あいさつ」しているかと聞くと、「大きな声であいさつしています」と答えますが、よーく聞くとお父さんやお母さんに「おはよう」と言われ「おはよう」と言っていることが大半です。

 こんな時、私はお前達の「あいさつ」は返事であって「あいさつ」ではないと説きます。

 野球を指導する中で大切なことが、ここに隠されていると私は考えます。

 なぜ「あいさつ」をしっかりしないといけないのかを、野球という競技を通して子供達に正確に伝えなければならないのです。
 では、なぜ「あいさつ」が野球に必要なのかである。
 プレーに例えてみたいと思います。やはり「返事のあいさつ」の子供は打球がきてから、「あっ俺だ」と思ってから打球を追う選手になってしまいます。自ら「あいさつ」できる選手は、朝に人の顔を見たら「あいさつ」をする事を考えています。よって、バッターを見たり、投球をみて、こっちに打球がくるのではないかとか考えて守れるようなり、あきらかに守備範囲が変わります。
 私は人より先にする「あいさつ」にこだわりたい。
 小さい事ですが、子供達を育てるという事はこの小さい事の積み上げであると思います。

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 2.勝つために何が必要か

 よく「勝つためにはどうしたらよいか?」と聞かれる事があります。
 もちろん、「いいピッチャー」や「いいバッター」いい選手が必要であることは当然でありますが、「今のチームで勝つためにどうしたらよいか?」と言われたらどうか。
 私は、限りなく100%の力を出せる確率の高いチームつくりと答えるようにしています。野球は他のスポーツに比べて実力が出にくいスポーツであると考えます。
 だから、プロ野球みても一年間の勝率は60%台になるわけです。
 例えば、相手チームの力が「10」とした時、自チームは「7」としましょう。 しかし、野球は「10」の力が出にくいので相手チームは「6」の力しかでなかったとしたらどうでしょう。自チームが実力とおり「7」の力を出し切れば7対6で自分たちより強いチームに勝ってしまいます。
 常に「10」の力をだすためにどうするか、いい時は誰でもいい結果が出せます。劣勢の時、落ち込んだ時にどうするか、やはり「強い心」を育てることが大切ではないかと考えます。

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 3.言葉のキャッチボール

 人は、ひとつの言葉で人を傷ついたり、悩ませたりすることがあります。
 本当、ちょっとした言葉だったのに・・・なんてことないですか?
 そんな言葉に、私は野球のキャッチボールと通じるものがあると思っています。
 キャッチボールの基本は、「相手の胸にボール投げる」「正面に入り両手でボールを受ける」です。 言葉も同じに例えれば、「相手の気持ちへ受けとりやすい言葉を掛ける」 「素直な気持ちで真正面に受け止める」になります。
 最近では、自分だけよければいい人間が増え、とても乱暴な言葉で平然と人を傷つけています。

 「言葉のキャッチボール」を基本にかえり考えてみたい。
 そのうちに「言葉のファインプレー」が人を支え、自分を支えるようになるような気がする。

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 4.いろいろなチームワーク

 「勝つことによってチームワーク(和)は生まれる」と聞いた。
 一般的野球の指導の中では、励まし合うチームワークを「チームワーク」と言っています。個人個人が責任を果たすことによりチームの勝利が生まれ、そこにできるチームワークというものが出来上がる。
 何か新鮮さを感じる言葉だと思う。

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 5.強くなるために嫌われ者になる勇気を・・・

  人は嫌われたくないから注意なんかしたくないし、注意されたくないと思っています。
 本当に勝ちたいと思ったら、やはり勇気を持った注意が必要になります。回りを見ないで一生懸命しているだけでは個人のマスターベーションだけで、強いチームはなっていきません。
 世の中でも今、がいろんな物事に対しいて無関心になってきていると聞きます。
 昔では考えられない幼稚な事件も発生しています。
 「注意する勇気を持つ事」「注意を素直に受けれる気持ちを持つ事」大切だと思います。

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 6.声を出す勇気

 「大きな声を出せ」といつもグランドで掛けられる言葉ですが、なぜ大きな声を出すのでしょうか?たしかにプレーのつながりの中で必要だからでもありますが、もう一つ意味があると私は思っています。
 スポーツというものは、技術も体力も必要ですが、他に「決断力」という大切なものもあります。
 その「決断力」に際して、声を出す事が決断を促進させ、大きな声がパワーになっていくものであり、その事に自信がなかったりすると声が出なかったり、小さい声になってしまい取り組む姿勢が弱くなり物事はうまくいかなくなります。
 「声を出す勇気」(ファイト)大切です。

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 7.長所をのばす

 選手にはいい所もあれば、悪い所もあります。
 悪い所ばかり見はじめると、そこだけがその選手のすべてのように見えてしまい、見る方により見られる方が後ろ向きになってしまいます。
 反対に、良い所を見はじめてあげると、不思議と選手は前向きになり悪い所も気にならなくなります。
 とても、「根気」のいることですが大切なことだと私は思います。


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   8.バッティングに大切なこと

 「バッティングに大切なものは何か」、私は「バットを振り出す勇気」だと思っています。 

よく試合で「ストレートの高い球に手をだすな」とか、「低めの変化球に手を出すな」と言う言葉を耳にしますが、私は極力その言葉を避けるようにしていますがなぜか?

 そのはアドバイスは選手のバッティングの勇気を削いでいると思うからです。

 私が指導する中で子供達に言っていることは「バットの芯に当たると思ったら打ちにいけ」です。


 少し乱暴な言い方かもしれませんが、ボール球は基本的にバットの芯に当たる確率が低くなります。そして子供がボール球を振ったことを責めないことです。逆にバットの芯に当たらないことを責めるべきです。
 バッティング練習は何百、何千とバットを振りますが、試合では一振りで結果が出てしまいます。
 積極的なバッティングを子供達に伝えたいと私は思う。

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 9.練習の意識づけをどうするか

 私が心掛けているのは、その練習が「なぜ必要なのか」という意識づけをすることです。
 きついことは誰もがやりたくないし、できれば逃げたいと思っています。
 では、どのように子供に意識づけするか。
 私は選手たちに言います「お前たちに野球の技術をたくさん教えたいと思っているけど、基本的には体力のある選手は教えたことを数時間で覚えることができるが体力のない選手は、一日かけても習得できないケースが多い」と言います。 
 選手たちに「お前達は野球が上手くなりたいんだよな」だから、たくさんアドバイスをもらうために体力が必要だと説きます。
 子供たちは体力づくりの目的がはっきりして、そして取り組む姿勢が変わります。

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 10.監督はアドバイザー

 昔から日本の指導者は、威厳があってなんでも選手は服従みたいな印象があります。
 アメリカでは監督・コーチは「アドバイザー」と言います。
 選手が上手くなるために決めつけた一つの指導ではなく、その選手が「上手くなるための方法を多様にわたりアドバイスする役」であるのです。
 ですから方法をたくさん持っていて選手ごとに的確にアドバイスできる監督・コーチが優秀とされていて、このことから言えるのは、いい選手が良き監督ではないと言うことです。 
 たくさんの選手を見て、たくさんの手法を的確にアドバイスすることが必要だと言うことです。
 あとは、アドバイスを必要とするか、しないかは本人の能力だと思います。
 プロ野球でも指導者にキャッチャー出身が多いのは、マスクごしにたくさんの選手を近くで見ているからだと私は思います。

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 11.自分で考えないとうまくならない

 指導者というものは、子供たちにたくさんの事を教えてチームを強くしたい、技術を向上させ上手くしてあげたいと考えています。
 しかし、そんな中で私は「教えすぎてしまうことは、子供たちの本当の意味での実力がつかない」と感じています。
 なぜか、子供たちは教えすぎると失敗、結果のでないこと、技術的な進歩しないことを自己責任を回避して他人の責任にしてしまうことが多くなります。
 もちろん基本を教えることは当然として必要ですが、「野球は一球一球のプレーを想定して、対処したり準備することがとても重要」です。
 時にはプレッシャーという難敵もいます。
 野球とは、やはりメンタルな部分が大きなウエイトを占めているのです。

 私は、子供たちを指導していく上で基本を教えることは当然として、同時に「考える能力」を養っていかなければいけないと考えています。

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 12.なぜ厳しい練習に耐えなければならないのか

 「なぜ厳しい練習をするのでしょうか?」と子どもに聞かれてどのように答えるか「ただ、うまくなるために必要だから」では今どきの子どもたちは理解を示さないと思います。 そんな中で私は、ふたつのことが大切だと答えるようにしています。
 ひとつは、当然のように厳しい練習による技術アップの必要性であったり、また、厳しい練習による体力向上の必要性だと思います。
 そして、私はもうひとつ大切なものを子どもたち伝えるように心がけています。

 選手は必ず結果というものが後からついてくるものであり、いい結果、悪い結果とありますが、やはり楽をして得た結果では、その感動もそれなりの感動しか沸いてこないもであります。
 やはり、厳しい練習に耐えて得た結果は、成功した場合、失敗した場合ともに、喜びや悔しさが2倍にも3倍にもなっていくものであります。
 そして、この感情が次からの練習への取り組む姿勢に繋がり野球の技術、精神力を倍加して向上していくものだと私は考えます。

 人は感動が大きければ大きいほど成長する
のではないでしょうか?
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 13.卒団する子どもたちに想う

 教え子たちに監督として私は三年間で何を伝えられたのだろうか?

 技術的な面、精神的な面とまだまだ伝え足りない気がしますが、その反面ではどこまで中学生という12〜15才の子どもにどのタイミングでどこのレベルまで教えるべきなのかを悩みつづけてきました。
 たとえば、監督がめざす野球を数字としてレベル10とします。 そのレベル10に早くたどり着くために指導をするわけですが、この指導方法が千差万別でとても難しいのです。
 昔の指導される方は、めざす野球のレベル10のためレベル10の話しされ指導されるケースが比較的多いと思います。
 個人ではなく、チームを指導する上では昔の指導がとてもシンプルで効率的だと思います。
 しかし、私はひとり一人子どものレベルの場所が違うということが重要だと思っています。
 レベル2の子どもにレベル10の話をしても、なかなか理解ができないと思います。
 そんなレベル2の子どもにはレベル4にあげる方法をアドバイスし、レベル5の子どもにはレベル7の指導をすることで手の届く目標を作ってあげることが重要であり、このことがチームの総合力をアップしていくものだと考えます。

 誰もが、いつまでも硬式野球に携われるわけではなく、中学、高校、大学、社会人、プロ野球と必ずどこかでゴールがきてしまいます。
 そう考えると硬式野球をしている期間は人生の中では非常に短い期間であり社会人としての時間が大半を占めるわけです。
 誰もが社会に出て社長とか部長(エース・4番打者・レギュラー)になれるわけではないのです。
 社会でもそれぞれの立場で役割を果たすこと(試合に出なくとも勝つためにチームに貢献している選手)がとても大切になります。

 これからの彼らの新たな飛躍に期待したい!!
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   14.可能性を追求する

  「ここがダメだからこの選手は使えないんだ」と言う言葉を耳にすることがよくあります。

 私自身もそんなことを思いつつ、ある一方で「その子どもの野球の到達点を私の狭い野球観で判断してよいのか?」と自問自答しています。

 私は、普通の人よりは長い月日をかけて野球に携わってきていますので、知識についてのそれなりの自負はありますが、しかし、一人の人間が得た野球観なんてものは、野球そのものの奥深さに比べたら、最高レベルのプロ野球選手だろうが、どんな指導者だろうが、たかが知れており、

中学生の子どもたちの野球そのものを判断するのには時期尚早だと思うのです。

 一人ひとりの子どもたちの可能性は未知であり、たどり着くステージはみんながそれぞれ違います。そして何より中学生という肉体的にも精神的にも未開発であり可能性は想像以上のものがある中、型にはめてその選手の良し悪しを判断するのではなく、可能性を追求していくようにしながら指導を行うことが大切だと私は考えます。

 そして、一人ひとりの子どもたちのたどり着くステージが少しでも早く高い位置になるようにアドバイスしていきたい。
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 15.「謙虚さ」を大切に

 昔の日本は、「謙虚さ」をとても大切にしてきました。
 そして、野球人気はそんな日本人の大切な謙虚さがもっとも必要とするスポーツだからこそ人気があったのではないかと私は思います。
  たとえば、バッターは4割打てたらいいバッターかもしれないが、5割、6割と10割まで上はあり、もっと言うと、一球でも遠くにボールを運ぶことをめざすべきであり、だから選手である以上は常に謙虚に前向きに技術向上をめざす気持ちを持ち続けないといけないのです。
  しかし、最近では、スポーツ選手が芸能人並みの華やかさを持つようになり、回りもそれの必要性を言い始め、個人が尊重されると言う名のもとに「謙虚さ」は薄れてきているような気がします。
  そして、スポーツ選手の犯罪や、一般社会で通用しない素行が問題視されてきており、スポーツを夢見る子どもたちに大きな影響を与えています。

 昔、スポーツという土俵は人間を創る教育場所でした。
 私も野球人として、グランドで日本人の大切な心「謙虚さ」を子どもたちに伝えて生きたい。
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 16.「先生」に想う

 昔の先生の多くは、「命令」「愛のムチ」という手段で指導されてきました。
 個人の人格が尊重される最近では、昔のような指導はできなくなり、先生にとっても難しい指導が求められる時代になっています。

 そして、先生がサラリーマン化されているとも言います。先生とは字の如く「先に生まれる」と書かれます勉強だけを詰め込むのが仕事なのでしょうか?
 子どもたちに、「生きかた」や「生きざま」を説き、道しるべをたててあげることが大切なのではないでしょうか。
 学校は、社会に出るための訓練場所であるはずです。勉強だけでは世の中は通用しません。就職をしない子就職できない子が増えています。

 これらの問題は、先生だけの責任ではないのです。
 「見守る親の理解」「諭された時の子どもの態度」「先生の子どもの将来のための勇気ある指導」これらのすべてが不可欠なのではないでしょうか。
 私も、子どもたちと多くの時間を一緒に過ごしながら指導する者として心がけていきたいと思う 。
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   17.貪欲な選手に

 「欲張り」は一般的には、あまりいい言葉として使われませんが、スポーツにおいては、この「欲張り」は、選手の成長において必要とされる要素ではないでしょうか?
 ひとつのボールを追いかける上で「少しでも早く走り」「少しでもうまくボールをさばく」「少しでも遠へ、少しでも強い打球」ということに欲張ってこそ上達が早かったり、大きなステップになるのだと思います。
 たとえば、欲のない子は、一試合で一本のヒットで満足してしまいます。
 打者であれば、10割をめざし、もっと言うとすべてのヒットが少しでも遠くに飛ばすことがイメージされなければならないと思います。

 今の子どもたちは欲のない子どもたちが多いと言われています。
 たくさんの要因はあると思いますが、私はその要因のひとつに食事があるような気がします。
 昔は、家族が多く、食事するにしてもおかずの取り合いだったり、限られたおかずで腹を一杯にしたりすることが通常であった気がします。
 決して、今の子どもたちの食事について否定するわけではありませんが、今は同居する家族が減り、子どもたちは食事に事をかかなくなっており、いつでもどこでも安く早く食べれるようになったためだと思います。
 指導者は野球の技術的指導は、当然として行なっていくわけですが、私は同時に子どもたち「欲張り」を身に付けられないものかと考えます。
 欲のない子どもは、キツイ練習だったりプレッシャーを経験すると、途中で諦めたり、逃避してしまいます。気持ちがついて行かないために、踏ん張りが効きません。

 食事は一日3回毎日繰り返されます。
 毎日繰り返される食事で、常に「美味しい物を腹いっぱい食べたい」と思えることが大切な気がします。

 私は、欲張りという言葉を『貪欲』と言い換えます。
 『貪欲な選手』が一人でも多く育つように心がけたいと思う。
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 18.捕手に大切なもの

 私が捕手出身ということもあり、いろんな場面でよく聞かれることで「捕手が育たないんですけど、どんな指導をしたらいいか」と言われます。
 私も、そんな質問をいただき、振り返ると30年間近い野球人生の中で捕手として特別な指導を受けた記憶がありません。
 一般的に、個人ノックとかスローイング練習とかは必然として練習してきましたが、あまり成果がでないとされていると思います。

 私が指導する上で捕手として大切にしていること
 ○キャッチャーミットの芯(ポケット)をピッチャーに見せること
   なぜか:ピッチャーに構えたところへ投げさせる意識付けとして大切なことであり、加えて。低い位置でミットの
   芯を見せることのできる捕球体制をつくることで股関節と膝の柔軟性が強化されフットワークの向上に繋がる。
 ○ 投球練習時にピッチャーへの返球をピッチャーの胸に正確に強いボールを返すこと
   なぜか:たくさんのボールを受けることになるので返球により無駄のない投球フォームができ、併せて肩も強化
   される。投手への緊張感を演出できる。
 ○ 常に投球練習時はリズム(一定の早いテンポ)を意識して捕球・返球すること
   なぜか:配球につながり、ゲームを作ることができるようになります。
   ランナーのいない時、ピンチの時、上位打線、下位打線、それぞれテンポが違う。
 ○ 常に言葉を発する習性を養う
   なぜか:言葉を発するには常に物事に関して考えていないと言葉にはできないので考える能力、習性を身につ
   けるために必要である。(掛声は考えなくてもできるので)
   そして、考えた分だけ、その後の結果に対して反省と成功が経験でき、次のゲームに生かされる。

 キャッチャーは、試合でも目立ちにくく、肉体的にも精神的にも大変なポジションですが、試合では他の野手には味わえない満足感が得ることができ、野球という競技の奥深さを野手に増して知ることのできるポジションであると私は思います。

 具体的な技術練習方法の内容ではありませんでしたが、毎日の練習の中で指導者として見過ごすことが多い中ですが、前に述べたとおりの一つひとつの事が、一球一球の練習の中で子どもたちに意識づけができたら、一人の選手に留まるだけではなく、チーム全体にとって、とても大きな技術力、精神力が身についていくものと私は考えます。
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 19.誰でも悩み迷う −悔いのない野球を−

 私の野球人生は、小学生時代はお宮での三角ベースのゴムまり野球で始まり、中学の3年間の軟式ボールの部活動、高校野球の3年間、そして社会人野球の硬式ボールの15年間とチームとして野球は合わせて21年間の野球を経験しました。
 振り返ると、普通の人には経験できない長い時間を野球に携われたわけであり、とても幸せ者だったと思います。
しかし、そんな大好きな野球のはずなのですが、何度も野球を辞めたいと思う時期がありました。
 やはり、人間には感情があり、「悩み」「迷い」が必ずあります。
 私は、周りの人達に長く野球できたのだから能力があるとか言う方が多いのですが、何度も辞めたいという「迷い」「悩み」の中で本当に運がよく耐えられ、続けられただけなのです。

 辞めたいと思った中で特に印象にあるのは、27才の頃だったと思います。
 苦しい練習、レギュラー獲得できないことへのジレンマ等が大きな理由でしたが、最後に頭の中で聞こえてくる言葉は「大好きな野球だから、悔いなくやらないと」の言葉でした。
 レギュラーに拘るのではなく、厳しい練習も自分なりに一生懸命に向かえればいい(人に言われようが気にしない)と思うようになり、ここからが私の野球観が変わりました。

 やはり、基本は「大好きな野球を悔いなく」です。
 人の目を気にするとか人と比べる必要はありません。
 私の中では、チームのすべての選手が、この基本である「大好きな野球を悔いなく」できることが最大の目標であります。

 私が今預ってる子どもたちは中学生であり、まさしく野球人生が始まったばかりであります。
 まだ、体力がなかったり技術がなかったりするのは当たり前です。

 私は、「純粋に一球一球のボールを打つこと」「純粋にボールを一球一球のボールを投げること」「人とくらべるのではなく、自分自身にとって一生懸命であること」こんな思いを大切にしながら悔いのない野球を多くの選手が経験できるように指導していきたいと思う。
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 20.バッティングに大切なことA

 前回のバッティングに大切なことで「バットを振り出す勇気」が大切であると伝えました。 最近は子供たちに、「フルスイング」の大切さに心掛けて指導しています。

 現在、どんなチームにおいてもバッティングマシン等が配備され、昔に比べるとバッティング練習の数は数段増えています。しかし、私はそこにひとつ注意しなければならない点があると思います。
 バッティング練習の数が増えた分、一球一球への集中力や緊張感がなくなってきており、本来の100%のスイングではなく70%や80%といったスイングになってしまうケースが多いということです。
 もちろん、数をたくさん全力でスイングできれば言うことはないのですが、なかなか持続し続けることは中学生の子供には自発的には非常に難しいと思います。
 更に、最近の子供たちは、「がむしゃら」「何くそ」と言う言葉が通用しなくなってきています。
 バッティングとは、技術・パワーはもちろん必要ですが、試合というものは緊張しますし、あがってしまったりしますので、そんな中で一番大切なことは集中したり緊張した時に自分本来のスイングができるかが大切な気がします。
 一日の練習で、何百回、何千回とスイングはできますが、試合では一試合で数回です。

 バッティングが「今一つ伸びてこない選手」・「練習ではいいバッティングをするがゲームでは結果のでない選手」は、この傾向が多くある気がします。
 練習で70%や80%といったスイングで打っている選手がゲームで強く・遠くに飛ばそうと思ってもタイミングは合わずにバットの振り出すことができなくなります。

 「バットを振り出す勇気」を持つことと、根気よく「フルスイング」に心掛けさせることを子供たちに指導し続けていきたい。
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